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ベトナムにおける枯葉剤被害者と障害者支援【報告】堀場 浩平
ベトナムにおける障害者の状況を把握する上で、枯葉剤被曝者の存在を無視することはできない。同国における障害者人口6.7百万人、総人口の約7%という数字はこれらの人々を含んでいるのだろうか。 1961年から1971年にかけて、米軍はベトナム解放軍の隠れるジャングルの消滅と、農産物を汚染し食糧として役立たせないことを目的とした「ランチハンド作戦」を展開し、7,200万リットルの枯葉剤をメコンデルタ、ホーチミンルート[*1]を中心とした南ベトナム全土の14%に相当する森林や農村へ散布した。散布面積は170万~240万ヘクタールにわたる(日本の関東全域にほぼ相当する)。散布された主な地域は以下の通りである。 紅河デルタ地域:タイビン省(被害者が最多とされる)、ナムディン省、ハノイ市ドンアイン県・タックタット県・ハドン区(旧ハタイ省) 北中部:クアンチ省、ダナン中央直轄市(ホットスポット[*2]であるダナン飛行場がある)、トゥアティエン=フエ省フエ市、アールオイ県 南中部:クアンナム省、ビンディン省(ホットスポットであるフーカット飛行場がある) 東南部:ビンフオック省、ビントゥアン省、ドンナイ省(ホットスポットであるビエンホア飛行場がある)、ドンナイ省、タイニン省(ジャングルに解放民族戦線の総司令部が置かれた)、ビンズオン省 メコンデルタ地域:ホーチミン市、バクリエウ省フオックロン、ベンチェ省、カマウ省 (下線の地域は障害者率が特に高い) 散布された枯葉剤はエージェント・オレンジやエージェント・ブルー等と呼ばれ、ジクロロフェニキシ酸とトリクロロフェノキシ酢酸という2種類の農薬の混合物で高濃度のダイオキシンが不純物として含まれていた。散布薬液総量は9万キロリットルで、この中に含まれていたダイオキシンは366~550kgとされる。ダイオキシンとはポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(PCDDs)とポリ塩化ジベンゾフィラン(PCDFs)の総称で、低用量で生殖・脳・免疫の各機能を阻害し、発ガン性の他、催奇形性、知能・行動への影響が内分泌かく乱作用により引き起こし、環境・人体内に長期に残存する。毒性は極めて強く、1ミリグラムで致死、1ピコグラム(1兆分の1)でも発がん性、生殖毒性、神経毒性、免疫抑制毒性などの慢性毒性を持つ。この作戦により南ベトナムの耕地全体の5%以上と森林の12%、マングローブ樹林の40%が枯死した。対人被害としては2.1~4.8百万人が直接被曝し、3百万人以上がダイオキシンによる健康上の問題を抱えているとの報告がなされている。ベトナム政府によれば3世代にわたり5百万人が健康被害を受けている。1995年において枯葉剤被害者の保護施設ツーヅー病院(ホーチミン)には50名の先天性障害児が入院中で、平均2日に一人の割合で奇形児が生まれるか、運び込まれており、奇形児は約5万人と推定されている。 枯葉剤の影響によると考えられる障害・症状としては以下が挙げられる。 組織の構造的異常:無脳症、小脳症、水頭症、二分脊椎を含む脊椎の変形、眼球欠損 米国退役軍人省の枯葉剤被曝による特定疾病: 塩素ざ瘡、軟部組織肉腫、ホジキン病、晩発性皮膚ポルフィリン症、多発性骨髄腫、呼吸器がん、前立腺がん、末梢神経障害、2型糖尿病、リンパ球性白血病、原発性アミロイド症 被爆兵士の子どもの特定疾病: 脊椎披裂、軟骨発育不全症、口唇裂・口蓋裂、慢性心臓疾患、内反尖足、食道・腸閉鎖、ハラーマン・ストライフ症候群、股関節形成不全、先天性巨大結腸症、水頭症、尿道下裂、鎖肛、神経管欠損、ポーランド症候群、幽門狭さく、合指症、気管食道瘻、停留睾丸、ウィリアムズ症候群 ダイオキシン類は消化管、肺および皮膚から吸収される。胎児・乳児は曝露による内分泌攪乱作用に対し感受性が高く、特に授乳により多量のダイオキシン類が子に移行することが明らかになっている。枯葉剤の影響が世代を超えて継がれているのはこうした原因によるものである。年月の経過とともに体内あるいは摂取する水・食物に残留する毒性が弱まり、それまでは不妊・流産・死産という形をとっていた影響が、重症奇形となり生まれ育つようになったと考えられている。 枯葉剤被害者の詳細な規模・人数が把握されていないのは、全国的な統計が行われていないことに加え、枯葉剤による症状であることを特定することが困難であるためである。信頼に足るダイオキシン分析が行える近代的な設備のある研究室は世界に10ヶ所あるにすぎず、また分析費用は1サンプル1000~3000ドルと高額である。さらにダイオキシン被害が枯葉剤によるものであると特定するには(ダイオキシン類は廃棄物の燃焼過程、化学物質の合成過程、塩素漂白、金属精錬等により発生する。日本ではゴミ焼却場からの発生量がおよそ9割)、膨大なデータを用いた疫学調査が必要となるが、戦前のデータが不足しているため困難である。 ベトナム戦争終結後、枯葉剤被害の甚大さが次第に明らかとなったが、包括的な解決への取り組みが行われてこなかった。2002年、米クリントン大統領は越政府とJoint Advisory Committee(共同諮問委員会:JAC)を設立し枯葉剤・ダイオキシンによる人体・環境に対する影響についての共同研究を開始したが、越政府が調査による輸出品の風評被害を恐れたことから2005年に研究は中止された。 JAC構成 一方、ベトナムの枯葉剤被害者達は枯葉剤・ダイオキシン被曝者協会(Vietnam Association for Victims of Agent Orange/Dioxin: VAVA、53省に6万人の会員をもつ)を結成し、2004年に当時枯葉剤を製造した米ダウ・ケミカル社ら37社に賠償を求めて訴訟を開始したが、2005年3月、枯葉剤の使用は人に対する加害を意図したものではなかったため国際法に違反しないとして、ニューヨーク州東部連邦地方裁判所は訴えを退けた。2006年に米ラムズフェルド国防長官は、ダイオキシン被害者が枯葉剤によるものであるという証拠不足から「米政府は枯葉剤被害者とされる(ベトナムの)人々への補償は行わない」と述べている(米政府は1991年より枯葉剤による特定の健康被害のある退役軍人に対し補償請求を認めている他、1996年からはその子どもに対しても特定の重度先天性異常について補償を行っている)。2008年10月6日、原告団は控訴したが、2009年3月2日審理は棄却された。 時期を同じくして2006年、越グエン・ミン・チェット国家主席と米G.W.ブッシュ大統領はJACによるダイオキシン汚染地域の除染・障害者に対するケアサービスを10年計画で4.5億ドルを供出することで共同合意した。 ①除染作業(ダイオキシン汚染土壌の洗浄(無毒化)と生態系の修復) ②障害者サービス(ダイオキシン被害による障害者、及びその他の障害者・その家族へのサービス拡大) 2013年7月の米オバマ大統領・越チュオン・タン・サン国家主席会談において、「障害原因に関わらず障害者に対するケアサービスへの取組み」が再確認され、ケリー国務長官は「米政府はベトナムにおける障害原因を問わない包括的な持続可能なサービス体系の構築を支援する」と述べた。(傍点筆者) 2010年には米越によるこれらの取組みを支援し、この問題への関心を喚起するため、民間団体、ドナー、NGOから構成される「米越枯葉剤・ダイオキシン対話グループ(Dialogue Group)」が設立され、協議を重ねている。 越政府の取組みとしては、2000年に枯葉剤中央給付制度が設立され、月額総計400万ドルを20万人に支給している。ただし、働ける者や健康保険受給者は対象外である。ダナン市では2007年時点で枯葉剤被害補償額としておよそ374,000ドン/月(約1,800円)を支給している。 現在までのベトナムにおける枯葉剤被曝者救済への取組みを俯瞰したが、枯葉剤の影響による障害・疾病をもつと考えられる人々が障害者統計に含まれているかを判断することはきわめて困難である。これは上述の通り、同国における障害者統計が不十分であることと、枯葉剤の影響による障害・疾病であることを特定することが困難であることが原因である。ダイオキシンにより引き起こされる障害を負う者、特に知的障害や視覚・聴覚障害者などは障害原因が不明のまま部分的に含まれていることが推察される。2007年から開始された米・越政府共同の枯葉剤被害支援の取組みは、その背景に戦争犯罪の責任回避が垣間見えるが、同国の谷間のない障害者政策を構築していく上では未来志向的であるとも言える。しかし、枯葉剤被害を受けた当事者の人々の2009年の敗訴後の動きや現在の両政府の取組みに対する反応などはJACやDialogue Groupの報告では言及されていない。越政府の障害者サービスはCBRを主軸として推進されているが、現在の取組みが当事者の声を踏まえた障害者政策の構築につながってゆくのか、今後の検証が必要である。 2014年8月10日
[*1] 北ベトナムが南ベトナム国内の反政府ゲリラ(解放民族戦線)へ物資・兵力を輸送するために使用したラオス領、カンボジア領を通過する直線距離1400kmの陸上補給路
[*2] 枯葉剤散布によるダイオキシン残留濃度が高いとされる地域 参考文献
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